テクニカルレポート 2024 No.3
低スパッタにより高品質・高生産性を実現するアーク溶接ソリューション
~2024国際ウエルディングショー,2023国際ロボット展 出展事例より~

技術分野ロボット技術
技術キーワード 生産性向上,データ活用,高品質化,自動化,高効率化,効率化,i3-Mechatronics,ロボット

2024年5月8日

1. はじめに

製造自動化や労働力不足の解消への要求や新興国の工業化進展などから、国内外でアーク溶接ロボットの市場は拡大しています。また、製品品質向上、生産コスト削減、安全な作業環境の提供といった観点からも、アーク溶接現場でのロボット化の需要は高まっています。特に自動車産業では、シートフレーム、排気系部品、足回り部品等の接合には作業効率が高いアーク溶接が用いられています。
当社のアーク溶接ロボットは、多様な機能とコンポーネントに加え、豊富なノウハウを生かしたロボット技術で、様々なお客さまのご要望にお応えします。例えば、バリエーションの豊富なロボットに極低スパッタ溶接EAGL工法を装備した“アーク溶接パッケージ”を提供し、最適なロボットでスパッタを極限まで低減した高品質な溶接を実現しています。
さらに、これまでの自動化ソリューションにデジタルデータのマネージメントを加えた新たなソリューションコンセプト「i3-Mechatronics(アイキューブ メカトロニクス)」を推進し、データを活用して溶接現場の設備保全の効率化や品質向上をサポートしています。
本レポートでは、新溶接波形制御と新型サーボトーチを用いて、さらに高速・高品質を実現した最新のアーク溶接ソリューション事例を紹介します。2024国際ウエルディングショーでの鉄溶接、2023国際ロボット展での薄板のアルミニウム溶接(以下アルミ溶接と略す)の実演では、スパッタ発生を極限まで抑制し、非常に高い品質の溶接を実現するとともに、スパッタ対策コストの削減を実現しています。

2. 新型EAGL工法による高品質、高効率なアーク溶接

2.1 お客さまのニーズ・課題

溶接作業では、高品質な接合を短時間で実現する方法の確立が重要な課題となっています。
一般的なアーク溶接では、ロボットの手先に取り付けられたトーチから送りだされるワイヤと母材(ワーク)に電流を流し、接合部を溶融させることで溶接を行います。ワイヤは一定速度で送りだされて、ワークに接触し短絡した瞬間に大きな短絡電流が流れ、ワイヤを溶断します。一定速度でワイヤが送りだされているため、この短絡を繰り返すことで、溶接を行います。
しかし、このワイヤがワークに接触する短絡時に、溶融金属の粒(スパッタ)が飛散することが大きな問題になっています。スパッタがワークに付着すると、そのスパッタを除去する工程が必要になり、生産効率が低下します。さらに、スパッタがワークを固定するジグに付着した場合、ワークの位置がずれたり、固定できなくなったりするため、定期的なスパッタ除去・清掃などの作業が発生します。これらの問題は、製造コストの増加や生産効率低下に直結し、製品の品質にも悪影響を与える可能性があり、その解決が課題となっています。

2.2 新型EAGL工法、アーク溶接パッケージの特長と技術の詳細

当社では、上述の問題を解決させるため、2013年12月に新しい工法である「EAGL工法(Enhanced Arc weldinG for Low spatter)」を製品化しました。この工法では、トーチ先端に取り付けられたワイヤ送り装置が、ワイヤとワークの接触を感知した瞬間に、ワイヤの戻し処理を行います。図1に従来の短絡溶接法とEAGL工法の原理を示します。EAGL工法は溶接時にワイヤを正逆方向に繰り返し送給制御することにより、スパッタの大幅な低減が実現できました。

EAGL工法の原理
図1 EAGL工法の原理

この度、従来EAGL工法をさらに進化させた「新型EAGL工法」を製品化しました。新型EAGL工法の最大の特長は、業界最高のモーション性能を誇る当社製サーボモータ「∑-X(シグマテン)シリーズ」によるワイヤ送給と、これに最適化した新溶接波形制御による極低スパッタ溶接です。また、難易度の高いアルミニウム材(以下アルミ材と略す)溶接の改良や溶接裕度(ワークのばらつきがある程度あっても、高品質な溶接ができる範囲)の向上により、EAGL工法の適用範囲を拡大させています。従来のサーボトーチと比較して溶接時の電圧・電流・ワイヤの送りを更に高速・高精度で制御することが可能となり、高品質・高生産性を実現する低スパッタアーク溶接を実現しました。

2.3 鉄およびアルミ材への適用事例

1)鉄溶接
鉄のアーク溶接は、自動車産業、建築、橋梁、造船、パイプラインの設置や修理など、様々な分野で活用されています。特に自動車産業では、フレームやボディーパーツの製造において、アーク溶接は重要な役割を果たしています。耐久性と安全性が重視される部分の製造には欠かせません。
アーク溶接の中でスパッタが発生しやすいCO2溶接においても、新型EAGL工法であれば、図2で示す工法別のスパッタ発生量比較から、従来の短絡溶接法に比べて最大99%のスパッタ低減が可能となります。
さらにMAG溶接では、新型EAGL工法の採用により、図3のビード形状比較に示すように、従来EAGL工法に比べて、ビード幅や溶け込み量の向上が可能となります(比較条件:溶接継手は重ね、板厚は2.0mm、溶接条件は電流200A、速度70cm/min)。ビード幅が広がることでワークのずれやワークの隙間に対する溶接裕度が向上し、高品質なアーク溶接を実現します。

  • スパッタ発生量比較

    図2 スパッタ発生量比較

  • ビード形状比較

    図3 ビード形状比較

2)アルミ溶接
アルミ材のアーク溶接は、特にその軽量性と耐食性が求められる分野で広く利用されています。自動車産業では、近年、燃費効率の向上とCO2排出量の削減を目指して、自動車の軽量化が進められており、アルミ材はその軽量性から、自動車のボディーパーツやフレームなどに広く採用されているため、アルミ材の溶接の重要性は一段と増しています。
新型EAGL工法では、新型サーボトーチと新溶接波形制御により、板厚1.5mmの薄板アルミ材の高速溶接を実現しました(溶接条件:電流120A 速度200cm/min)。このように、難易度の高い薄板のアルミ溶接であっても、溶接制御速度を向上した新型EAGL工法であれば高速・安定かつビードヨレのない高品質な溶接が可能です。
さらに、アルミ溶接のうろこビード外観重視のお客さまに向けて、EAGL工法とパルス溶接を組み合わせた新しい溶接工法を提供しています。新型EAGL工法による溶接波形制御が、従来のパルス溶接よりも低スパッタ、かつビード幅が均一でスマット※1が少ない溶接を可能としました。当社の新型サーボトーチは、高速応答性を実現させることにより、人手で行っているTIG溶接※2より高速で、TIG溶接と同等以上の低スパッタ・低スマットで高品質なうろこビードのアーク溶接を実現します。図4に本工法により溶接したうろこビードの外観図を示します。

うろこビード外観図
図4 うろこビード外観図

※1 スマットとは
溶接ワイヤ先端から離脱した溶滴の一部がアーク熱により蒸発し,シールド外へ飛散し,酸化,凝固することにより生成される黒色または灰黒色の微細な金属酸化物
※2 TIG溶接とは
不活性ガスを用い、かつ非消耗式のタングステン電極を用いた火花を飛び散らかさない(スパッタ発生が少ない)ことが特長のアーク溶接工法

3. Arc Visualizerによるアーク溶接の視える化

3.1 お客さまのニーズ・課題

アーク溶接を行う生産現場では、様々な課題があります。例えば、一つのワークに、複数箇所の溶接を行うときには、各箇所で溶接条件が異なることがあります。特定箇所で不良などが発生する場合、作業者は、ロボットのプログラムを調べて、問題のある溶接位置とその溶接条件を特定する作業が必要となります。
また、ワークの品種ごとに各溶接箇所の溶接条件を管理することは品質確保のための最重要な項目ですが、お客さまの負担となっており、この解決が求められています。
これらの課題を解決するためには、溶接作業の視える化が重要です。

3.2 溶接作業の視える化への適用事例

アーク溶接の視える化として、YASKAWA Cockpit※3のArc Visualizerを提供しています。
Arc Visualizerは、ロボットごとやワーク品種ごと等に、溶接作業履歴やアラーム履歴、溶接波形等を分析できるトレーサビリティー機能を搭載しています。これにより図5に示すように稼働中の設備のロボット稼働情報、溶接作業履歴、アラーム履歴、溶接条件管理などが一目でわかり、保全活動報告や解析活動の支援など保全作業の迅速効率化が可能となります。

Arc Visualizerによる稼働情報画面イメージ
図5 Arc Visualizerによる稼働情報画面イメージ

※3 YASKAWA Cockpitとは
当社ソリューションコンセプト「i3-Mechatronics」実現の構成要素の一つ。生産現場の設備や装置のデータをリアルタイムで収集・蓄積・分析することができるソフトウェア

4. おわりに

当社では、低スパッタを実現するEAGL工法を開発し、これによる高品質、高効率なアーク溶接ソリューションを提供してきました。また、アルミ材や高張力鋼鈑(ハイテン材)などの難易度の高いマルチマテリアルへの対応や、溶接裕度の向上を目指した溶接技術の開発にも取り組んできました。さらに、アーク溶接作業の視える化も実現しました。
これからもお客さまの視点で課題の解決に取り組み、アーク溶接工法のより一層の高性能化・利便性向上を推進します。さらに、お客さま設備の保全作業の効率化や生産性向上などへの貢献により、アーク溶接システム全般にわたり、高品質・高生産性を実現するソリューションを提供していくことで、お客さまにより一層の価値を提供していきます。

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