テクニカルレポート 2023 No.4
「何かが違う」を検知、「これから変わる」を予測
~波形データ用AI開発プラットフォーム AlliomWave~

2023年5月24日

背景と課題

近年、様々な領域でAIを活用した業務の効率化、改善が進められています。FA(Factory Automation)の現場でも、省人化や変種変量生産に対応するため、人手に頼っていた“あいまいな判断”を必要とする作業にAI技術を活用しようとする動きが出てきています。株式会社エイアイキューブ※1(以下、エイアイキューブ)は、ものづくり現場のデータとAI技術を融合し、今まで自動化できていなかった領域の自動化実現に向けた取組みを行っています。自動化領域拡大のために「ものづくり現場で当たり前にAI技術が活用されている状態を作る!」ことを目指しています。

AIを開発する際には学習のために大量のデータが必要です。一般的に、正常と異常を判別する異常検知AIを開発する場合、AIの精度を上げるためには、正常データと異常データが同程度数必要です。しかし、FA設備は最大限正常に動作するように設計・製造されているため、正常データは大量に収集できても、異常データを収集することが困難です。そのため、AIの精度を上げるために必要な量の異常データを収集するのに膨大な時間を必要とする課題を抱えています。この課題のため、結果的にAIの開発に至らない場合もあり、異常データが少ないFA領域へのAIの導入が進みにくい原因となっています。
そこで、このような課題を解決すべく、エイアイキューブは「データがないなら作ってしまおう!しかも大量に!実機がなくてもAIが作れる環境を準備しよう!」という考えの下、AI生成プロセスを完全デジタル化するAlliom(アリオム)として提案しました。
図1はAlliomを使ったAIの導入ステップです。これまでのAl開発は、「STEP01:現場で実データを準備する」から、そのデータを使って「STEP03:AIモデルを作る」へ直接つながっていました。Alliomでは、前述した2つのステップの間に「STEP02:データを作る」を追加しました。これがAlliomの一番の特長です。この特長により、異常データが収集困難な状況であっても、必要な学習データを自ら作ることができるので、現場で大量のデータを収集する必要がなく、短時間で高精度なAIをお客さまの現場へ導入することが可能となります。

Alliomを使ったAIの導入ステップ
図1 Alliomを使ったAIの導入ステップ

エイアイキューブではAIモデルの生成プロセスを完全デジタル化し、最速でものづくり現場へAI導入が可能となるAlliomを具現化するため「AlliomPicking」、「AlliomVision」、「AlliomWave」という3つの製品をリリースしています。ロボットのバラ積みピッキング作業に特化したAlliomPicking、画像データに特化したAlliomVision、波形データ(数値データ)に特化したAlliomWaveというように、それぞれの用途に応じた機能やGUI(Graphical User Interface)を備え、AIの知見がない方にも簡単にAIを開発できます。
本レポートでは、製造業向けとして初となる”波形データを疑似的に作り、そのデータを使ってAIを作る” AI開発プラットフォームAlliomWaveを取り上げて紹介します。

※1 株式会社エイアイキューブ
FA現場へ信頼性の高いAIソリューションを提供する安川電機のグループ会社

技術内容と特長

1.AlliomWaveとは

AlliomWaveとは「何かが違う」を検知、「これから変わる」を予測できる波形データ用AI開発プラットフォームです。

「何かが違う」  ・・・異常検知:
設備から収集できる波形データから正常/異常の判別が可能。さらに、波形データを詳細に設定し、設備の複数状態(例えば異物混入やベアリング異常など)の判別も可能。設備の異常や生産時の不良、品質の異常などを検出可能。
「これから変わる」・・・故障予測:
設備の正常状態から異常状態への遷移を異常度合いで表し、いつ壊れるか予測が可能。設備などの経年変化の予測などに適用可能。

AlliomWaveは、実際の波形データを基にデジタル環境下で疑似的な波形データを生成する「疑似波形生成機能」と、その波形データを使い高精度なAIを短時間で生成する「AIモデル生成機能」の2つの機能を有しています。ここで使用する波形データは時間的に変化する数値データを時系列順に並べたデータで、例えば、FA機器を動作させるモータでは、電流値、トルク値、回転数などのデータが挙げられます。AlliomWaveでは、これらの波形データを使い、設備の異常や生産時の不良、品質の異常などを検知する異常検知AIを開発することができます。
以下で、「疑似波形生成機能」と「AIモデル生成機能」を説明します。

2.疑似波形生成機能

AI導入の障壁となる”異常データの収集が困難”という課題は「疑似波形生成機能」で解決できます。10個程度の異常波形データさえあれば、疑似的な異常波形データが短時間で大量に生成可能です(図2)。本機能は、基となる波形データに対し、ノイズ付加や縦横軸方向への膨張・収縮などの複数の処理を付加します。これによって基の波形データの特徴(例:波形のピークの位置や大きさなど)を備えた疑似波形データを生成することができます(図3)。また、処理パラメータを変更することで、基の波形データに近い疑似波形データの生成や、学習データにバリエーションを持たせるために基の波形よりも変化をつけた疑似波形データを生成するなど、多様な疑似波形データを生成可能です。なお、疑似波形は、正常波形、異常波形などいずれも生成可能です。
この機能により、実機で大量の異常データを取得する時間が不要となり、FA現場へのAIの適用が容易となりました。

生成した疑似波形データ(生成した波形を重ね合わせて表示)
図2 生成した疑似波形データ(生成した波形を重ね合わせて表示)

疑似波形データの生成例
図3 疑似波形データの生成例

AlliomWaveでは生成した疑似波形データの確からしさを確認するため、エイアイキューブオリジナルアルゴリズムの「類似度」という指標を取り入れました。「類似度」とは、生成した疑似波形データと基の波形データがどれくらい似通っているかを数値的に表した指標です。波形データは、画像のように見た目で確からしさを判断することが困難です。「類似度」を使うことにより、AIの学習に悪影響を及ぼす可能性のある、基の波形データと大きく乖離した疑似波形データなどを事前に取り除くことができます。

AlliomWaveは、この「類似度」を使って疑似波形生成時にパラメータを変えて生成した複数パターンの結果を比較する機能や、「類似度」の範囲を指定して採用する波形データを自動的に取捨選択する機能を備えており、AlliomWaveのGUIのボタン操作だけでAIの学習に有効なデータのみを簡単に選択することが可能です。それぞれの機能のGUI画面を図4、図5に示します。図4は疑似波形生成結果の比較を行うGUIです。生成結果の類似度の分布を確認するヒストグラム表示や、生成された波形の違いを確認する重ね合わせ表示により、疑似波形データを客観的に選別できます。図5は生成した疑似波形の選択を行うGUIです。疑似波形に対応する類似度のヒストグラムの範囲で指定し、重ね合わせた波形表示から結果を確認できます。
生成した疑似波形データはAIの学習データとして、次のステップのAIモデルの生成に使用します。また、オプション機能となりますが、生成した疑似波形データをcsvファイルに出力し、お客さまが既に構築しているAIモデルの学習用データとして使用することも可能です。

  • アルミへの表面処理と接着強度

    図4 疑似波形パラメータを変えた生成結果の比較
    (AlliomWaveのGUI画面)

  • 樹脂への表面処理と接着強度

    図5 疑似波形データの選択
    (AlliomWaveのGUI画面)

3.AIモデル生成機能

AIモデル生成画面(AlliomWaveのGUI画面)
図6 AIモデル生成画面(AlliomWaveのGUI画面)

「AIモデル生成機能」では基の波形データと疑似波形データとを併せて学習データとして使いAIモデルを生成します。一般的にAIモデル開発にはPython※2などのプログラミング言語を使いますが、一からAIモデルを開発するとなるとプログラミングやAIの知識が必要になり、開発工数もかかります。
AlliomWaveの「AIモデル生成機能」は、「疑似波形生成機能」と同様にプログラミングやAIの知識が必要なく、GUIを用いてボタン操作だけでAIモデルの学習、評価が可能です。図6はGUI画面で、学習している様子を示しています。

生成したAIモデルは、AlliomWaveで提供するAPIをインターフェースとして、お客さまのアプリケーションに組み込むことができます。

※2 Python
Python Software Foundationの商標

紹介事例:搬送機構のボールねじの異常検知

ボールねじを使った搬送機構において、ボールねじが劣化すると位置決め精度が低下し、結果的に後工程の搬送物の把持エラーにつながるという課題があります。この課題をAlliomWaveで解決することができるかを検証するため、『正常に稼働し、異常データがほとんど収集できない(10件程度)製造ラインで、ボールねじの異常を検知したい』というケースを想定し、ボールねじのデータを用いてAI判別精度とAI生成時間の検証を実施しました。
もし製造ラインで十分な数の異常データを取得しようとすると、正常に稼働している製造ラインでは異常の発生はまれなためデータ取得には膨大な時間を要しますが、今ある10件程度の異常データのみでAIモデルを生成すると、異常検知の正解率は90%止まりでした。
これに対し、AlliomWaveで10件程度の異常データから疑似波形データを300件生成し、このデータを使ってAIモデルを学習させることにより、数分で正解率100%に近づけることができました。(表1)

表1 疑似波形データを使ったモデル精度の比較
疑似波形データを使ったモデル精度の比較

今後の展望

本レポートで紹介したAlliomWaveは、少量の波形データからでも疑似的に大量の波形データ(疑似波形データ)を生成することが可能なため、実際の設備から大量の異常データ収集に膨大な時間を要することから解放され、AIによる異常検知機能や故障予測機能の現場への導入を大幅に加速できます。これにより、ものづくり現場の人手に頼っていた“あいまいな判断”にAI技術が活用され、現場での判断の精度が向上するとともに、自動化領域の拡大に貢献できると考えます。現在は異常検知に特化した機能となっておりますが、今後は故障予測の機能を追加するなど、お客さまのニーズに合うようブラシアップしていきます。
今後とも、エイアイキューブの技術の進化にご期待ください。

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