2021年12月10日
当社インバータやサーボパックなどの電子機器製品は、硫化水素などの腐食性ガス、じんあい、オイルミスト※1などの環境物質が付着し、短絡故障に至る場合があります。
オイルミスト付着例
じんあい付着例
基板の汚染の様子
※1 オイルミスト(oil aerosol)とは:
JIS B8392-2:2011 圧縮空気-第2部:オイルミストの試験方法によると、気体中に浮遊し、その落下速度および沈降速度が無視できる液体オイルと定義されています。工場環境には数μmオーダーの微細なオイルミストが自然対流しており、電子機器の故障の原因となっています。
このような過酷な環境下で使用される電子機器基板には、腐食や異物による短絡故障を防ぐためコンフォーマルコーティング剤と呼ばれる樹脂材料によるコーティング処理が施されています。当社では1970年以前から過酷な腐食環境に対応するため基板表面へのコンフォーマルコーティング処理を適用し、その妥当性をガス腐食試験などの環境試験を通じて評価してきました。
しかし、近年のファクトリーオートメーション市場の急速な拡大に伴い、当社製品および、それを取り巻く環境も急速な変化を遂げています。具体的には以下のような変化です。
当社では、このような多様化する市場環境と製品動向に対応するため、電子機器基板の信頼性を大きく向上する保護技術と、保護性能の評価技術を独自に開発しました。
当社で適用してきたコーティング剤は従来、市場環境の劣化因子ごとに2種類の故障モード※2を想定し、それぞれのモードに対し最適なコーティング剤を選定していました。
腐食による基板故障モードのイメージ
mode Iでは、オイルミストなどの薬液とコーティング剤の親和性が高い場合にコーティング膜が溶解もしくは膨潤することで保護機能が消失し、その後、使用環境の湿度やミストなどの腐食因子により回路が短絡して故障に至ります。またmode IIでは、腐食性ガスなどがコーティング膜を透過する、もしくは基板とコーティング膜との密着が弱い場合にガスがその界面に侵入することで回路が短絡して故障に至ります。当社ではmode Iに分類されるオイルミストなどによる基板故障には従来コーティング剤Aを、mode IIに分類される腐食性ガスなどによる基板故障には従来コーティング剤Bを適用してきました。
ところが、複合的な劣化環境、例えばオイルミストと腐食性ガスが混在するような環境に対するコーティング剤の選択肢はこれまでなく、あらゆる環境に有効な保護処理ができませんでした。
そこで、新たに様々な劣化因子から電子機器基板を保護できるコンフォーマルコーティング剤(コーティング剤C)を開発しました。そして、今回開発したコーティング剤Cおよび従来コーティング剤A、Bについて、種々の油類や腐食性ガス、塩水に対する耐環境性を評価しました。コーティング膜の損傷や配線の腐食および絶縁抵抗の低下度合いから当社評価基準により耐環境性を5段階で評価した結果、コーティング剤Cは、従来のコーティング剤A、Bではできなかった複合的な劣化環境に対し適用できることが実証できました。
従来品
新規開発品
耐環境性評価結果(当社評価基準)
従来コーティング処理
新コーティング処理
電子機器基板のガス腐食試験結果(QFPリード部)
オイルミスト試験機概略図
コーティング処理を行った製品の耐環境性能をどのように評価すればよいでしょうか。腐食性ガス、じんあいについてはIEC 60721-3-3:1994 等の規格に環境パラメータとして規定され、これを想定した環境試験が各社で運用されています。しかしながら、切削油、潤滑油、繊維加工油などお客さまの環境下で成分の異なるオイルミストを模擬した試験方法は存在しませんでした。
当社では、営業情報や市場回収品から検出された10種類以上のオイルミスト成分から、コンフォーマルコーティングの劣化モードをカバーできる試験液を絞り込みました。さらに、この試験液を市場環境に近い微細なミストにした後、循環曝露することで、市場環境に長時間設置された場合と同様の付着・製品劣化モードを短時間で再現することに成功しました。この独自のオイルミスト試験を用いることで、製品の構造設計やコーティング箇所の妥当性を短期間で検証することが可能となりました。
新規コンフォーマルコーティング剤の適用とそれに対応するオイルミスト試験方法の確立により、電子機器基板の耐環境性を大きく向上させることに成功しました。しかし、多様化していく市場の全ての環境劣化因子に対し、当社技術が十分な保護性能に達しているとはまだ言えません。保護性能の更なる強化により新市場に存在する未知の環境劣化因子から当社製品を守るため、高信頼性機器の開発を今後も継続していきます。