ミナーシャモータ
IC基板に、100msという瞬時の間に電子部品を正確に搭載する電子部品実装機。 1958年、安川電機が「ミナーシャモータ」を生み出さなければ、高速の電子部品実装機は、いまだ実現していなかったかもしれない。
ミナーシャモータの誕生は、産業の流れを現在の精密かつ高速化の方向へと大きく引き寄せ、産業界に「DCサーボモータの安川電機」という名を永遠に刻印した。
ミナーシャモータは、電動機を工夫・検討していかに相手機械へ対応させるかという開発指向形の社風の中で生まれた。当時、モータといえば「油圧サーボ」が一般化していたが、電動力の極限にある追従(サーボ)性能を追求することで、これを駆逐できないかと考え、誕生したものであった。
数々の困難を乗り越え、生み出されたミナーシャモータは、導体を直接モータの回転子の上に置いたユニークな構造をしていた。 また、従来のモータより100倍もの応答特性を持ち、優れた整流能力を備えた画期的な製品でもあった。
このモータに採用された革新的なアイデアは、1958年当時の技術課長の福田が幼い娘と入浴中に、ひらめいたものだった。
当時小学生だった娘が、風呂場のモルタルの壁に指で描いた梅の絵を見た福田は、梅の花心を回転子に、そして花びらを導体にみたて「これならいける!」と突如思いついたのだった。
「ミナーシャ」という名前は、イナーシャ(慣性)がミニマムということから「低慣性の特性」という意味で付けられた商品名である。
その後ミナーシャモータで得た技術は、油圧サーボでは実現できなかった速応性と精度を特長に、数々の用途に幅広く使われるようになった。
また当時製造を計画していた「プリントモータ」は、1961年他社から技術導入したものであったが、その技術はまだアイデアの段階で、多くの困難が立ちふさがっていた。モータの配線を、プリント基板上に腐食を用いて一挙に仕上げるという着想は素晴らしかったが、産業用として提供するには量産性・耐久性という点で問題があった。
そこで技術者達は、創業以来培ってきたモータコアの打ち抜き技術とノウハウで、エッチングに代わるノッチングでのロータ製造法を確立し、量産性・耐久性という問題をクリアした。さらにロータ製造法を不動のものにすることで、モータの性能を飛躍的に向上させ、製品・実用化を達成した。
その後、プリントモータを製作する世界中のメーカーが、当社のノッチングによるロータ製造法を用いるようになった。
プリントモータ(上)
カップモータ(下)
さらに1966年、プリントモータの大容量化の要求に対応し「カップモータ」を安川電機は開発した。
このモータは、銅板を打ち抜いた巻線をディスク状よりも変形に強いカップ状にしたもので、その形状にちなんでカップモータと名付けられた。
この丈夫で頑丈なカップモータは、当時需要の多かった工作機械をはじめ一般の産業機械にも幅広く使われていった。
このようにして安川電機の技術が生み出した「ミナーシャモータ」、「プリントモータ」、そして「カップモータ」は、当時他社が絶対に真似できない、安川のユニークなサーボモータとして世の中に出ていった。そのモータ達は、高度経済成長期の産業界自動化の牽引役として、大いに貢献していった。